大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成9年(行ウ)14号 判決

原告

浅井輝雄

右訴訟代理人弁護士

小田修司

渡辺潤

被告

神奈川税務署長 塚川昭三

右指定代理人

齋藤紀子

須藤哲右

森口英昭

穂坂浩一

川口信太郎

江島勝信

古瀬英則

主文

一  被告が平成七年二月一四日付けでした原告の平成二年分の所得税更正処分のうち総所得金額六四三万九四五三円、税額八二万五二〇〇円を超える部分及び重加算税の賦課決定処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、原告が共同住宅建設事業を推進する業務請負人としての報酬を所得として申告しなかったとして、被告が原告に対し所得税更正処分及び重加算税賦課決定処分を行ったところ、原告が、右事業に係る業務請負契約(以下「本件業務請負契約」という。)は、第三者たる有限会社的場不動産(以下「的場不動産」という。)に対する名義貸しとして行ったものにすぎず、右契約に基づく報酬(以下「本件報酬」という。)は原告に帰属していないとして、右各処分の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告

原告は、浅井商会の屋号で不動産仲介業を個人で営んでいるものである。

2  本件各処分

(一) 原告は、平成三年三月一一日、被告に対し、平成二年分所得税の確定申告において、総所得金額を一四三万九四五三円と申告した。

(二) 原告は、平成六年一月二四日、被告に対し、(一)の申告について総所得金額を六四三万九四五三円と修正申告した。

(三) 被告は、平成七年二月一四日付けで、原告の平成二年分の総所得金額を七〇六一万四四五三円、税額を三一〇〇万〇五〇〇円とする旨の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び重加算税の賦課決定処分(以下「本件重加決定」といい、本件更正処分と併せて、「本件各処分」という。)を行い、本件各処分は、そのころ原告に通知された。

3  審査請求

原告は、平成七年四月一二日国税不服審判所長に審査請求をし、平成八年一二月一七日付けでこれを棄却する旨の裁決を受け、同月一八日ころ右裁決書謄本の送達を受けた。

二  主要な争点

1  本件業務請負契約の実質的な当事者(争点1)

2  本件報酬の帰属(争点2)

三  争点についての当事者の主張

1  被告の主張

(一) 本件各処分の根拠

原告は、昭和六三年一〇月二八日付けで、日榮不動産株式会社(現在のナイス日榮株式会社。以下「日榮不動産」という。)との間で締結した業務請負契約(本件業務請負契約)に基づき、別紙1の物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)上に共同住宅である同(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を建設するための事業を推進することを目的とする業務(以下「本件業務」という。)を請け負い、平成二年七月一七日付けの覚書により増額された分を含め、日榮不動産から本件報酬を受領し、右業務に係る諸費用を支払った。その具体的な内訳は、別紙2のとおりである。

しかし、原告は、平成二年分の所得税の確定申告に際し、本件業務に係る収入金額及び必要経費を確定申告に反映させないまま確定申告書を提出した。そのため、被告は、原告に対し、本件更正処分を行った。

本件更正処分に係る総所得金額は七〇六一万四四五三円であり、別紙2で被告の主張する原告の総所得金額である七六〇一万一二二九円の範囲内にあるから、本件更正処分は適法である。

また、原告の右の行為は、国税通則法六八条一項の「納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」に当たる。そこで、被告は、原告が新たに納付すべきこととなる税額三〇一七万円(国税通則法一一八条三項に基づき一万円未満の端数を切り捨てたもの。)に一〇〇分の三五の割合を乗じて計算した金額に相当する重加算税額一〇五五万九五〇〇円の賦課決定(本件重加決定)をした。

(二) 本件業務請負契約の実質的な当事者(争点1)

原告は、的場不動産が本件土地の購入を計画した段階から本件建物の着工に至るまで、本件土地をめぐる一連の取引に深く関与し、日榮不動産が本件土地に関する取引を実現できたのは、原告の働きによることが明らかである。

しかも、原告は、右取引の中で作成された本件業務請負契約に係る契約書(以下「本件業務請負契約書」という。)、右契約に係る報酬の請求書、報酬の変更に係る覚書等に自ら記名・押印したこと、これらを所得・保管していることを認めている。

また、原告は、本件報酬の一部である二五〇万円を自らの事業所得に関する収入金額として申告し、預り金としていなかった。

さらに、証拠(乙第三〇号証の一。以下、書証は「乙三〇の一」のようにいう。)によれば、的場不動産は、本件土地の売買による利益を土地重課の対象として申告しているのであるから、的場不動産が土地重課を免れるため原告の名義を借りたという事実はない。そして、的場不動産が土地重課を免れるためには、原告が本件報酬を自らの所得として申告しなければ意味がないが、原告はそのようにしていないのであるから、原告の主張は不合理である。

したがって、原告が、本件業務請負契約の名義人にすぎないとはいえず、本件業務請負契約の実質的な当事者は、その契約書上の名義どおり、記名・押印をした原告自身である。

(三) 本件報酬の帰属(争点2)

本件報酬は、原告名義の三井銀行(現在のさくら銀行。以下「三井銀行」という。)東神奈川支店の普通預金口座(以下「本件口座」という。)に振り込まれており、本件土地(その一部分)の借地人である大起運輸株式会社(以下「大起運輸」という。)の代表取締役であった佐藤重治は、本件土地明渡しに伴う代替駐車場の賃料を本件口座に振り込むよう原告から指示されていたと述べ、実際にそのようにしているから、原告が本件口座を管理していたことは明らかである。

したがって、本件報酬は、原告に帰属した。

2  原告の主張

(一) 原告の総所得金額

原告の平成二年中の事業所得に係る収入金額は六六二五万二八八〇円であり、右金額から必要経費及び青色申告控除額を差し引いた六六〇万三六九一円が事業所得金額であり、これから総合短期譲渡所得一六万四二三八円を差し引いた六四三万九四五三円が原告の総所得金額となる。

(二) 本件業務請負契約の実質的な当事者(争点1)

本件土地をめぐる一連の取引の経緯は、次のようなものであったから、本件業務請負契約の実質的な当事者はその契約書上の名義にもかかわらず的場不動産であり、原告はその名義を貸したにすぎない。

すなわち、的場不動産は、本件土地の日榮不動産に対する転売の利益を、売買代金及び本件業務請負契約上の報酬として受領しようとし、日榮不動産との間で本件業務請負契約を締結したが、その後、本件業務請負契約上の報酬が売買契約上の土地代金とみなされ、土地重課の対象とされる可能性があるとの指摘を税理士から受けたため、土地重課を免れるため的場不動産の代表取締役である的場昭恵(以下「昭恵」という。)が原告に契約書上の名義を借りたいと申し出て原告がこれを了承し、それに伴って日榮不動産との間の本件業務請負契約書が、原告名義で作り直され、原告がこれに記名・押印したものである。

原告が関与した業務は、本件土地(その一部分)の借地人である大起運輸に代替駐車場を不動産業者としてあっせんしたというものにすぎない。本件業務請負契約上の業務を実質的に請け負ったのは、的場不動産及びこれを補佐する者としての日榮不動産の担当者である浅井照正(原告の長男でもある。以下「照正」という。)である。

右取引の中で作成された本件業務請負契約書、右契約に係る報酬の請求書、報酬の変更に係る覚書等が原告の名義で作成されていることは、右の経緯によれば当然のことである。また、原告がこれらの書類を所持・保管しているのは、照正が父親である原告との間で不正をしたと疑われないよう、これらの関係資料を的場不動産から回収し、原告に預けていたからにすぎない。さらに、原告が本件報酬を自らの所得として申告せず、土地重課の回避行為の体裁を整えようとしなかったのは、原告が本件報酬の金員の流れに一切関与していなかったことの証左であり、原告の主張が不合理とはいえない。

なお、被告が乙三〇の一を援用して行う主張は、時機に後れるものであり、却下されるべきである。

(三) 本件報酬の帰属(争点2)

原告は、本件報酬が振り込まれていた本件口座の開設に関わっておらず、平成元年三月二日に昭恵と一緒に三井銀行東神奈川支店に赴いて昭恵が預金を払い出したときまではその存在も知らなかった。本件口座は、原告の取引銀行である北陸銀行東神奈川支店に隣接する三井銀行東神奈川支店にわざわざ開設されている。また、本件口座の開設時に作成された印鑑・署名鑑に押印された原告名のゴム印は、住所が「横浜市神奈川区西神奈川2-1-2」とされるべきところ、「(同区)西神奈川2-12」とされており誤っている。さらに、原告は、平成元年六月六日、本件口座の預金通帳のコピーを的場不動産からファックスで受領している。これらの事実はいずれも原告が本件口座の開設に関わっておらず、その管理を行っていなかったことの証左である。

したがって、本件報酬が、原告に帰属したとはいえない。

第三争点に対する判断

一  本件業務請負契約の実質的な当事者(争点1)

1  本件土地をめぐる一連の取引の経緯

証拠(甲五ないし九、一一ないし一七、一九ないし二四、乙一、三、八、二七ないし二九、三〇の一ないし三、証人浅井照正、同的場昭恵、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる(一部争いのない事実を含む。また、認定の根拠とした主な証拠を必要に応じて、適宜事実の前後に記載することがある。)。

(一) 的場不動産・昭恵と原告との関係

的場不動産は、従業員がおらず、代表取締役の昭恵が一人で営業している有限会社である。昭恵は、同じ地区の個人で営業する同業者として、かねてより原告と知り合いであったところ、早くとも夫と死別して間もない昭和六三年一月ころから、的場不動産の当時の所在地でもある横浜市神奈川区片倉町四〇八番地の自宅兼事務所において、原告と同棲する仲となった。

(二) 的場不動産による本件土地の買受けと転売交渉

(1) 昭恵は、昭和六三年七月ころ、小川ハウジングを通じ、杉本政雄ら(以下「杉本ら」という。)が本件土地の売却を希望していると聞き、的場不動産として、同年九月二四日に杉本らからこれを買い受ける旨の契約(以下「本件買受契約」という。甲二二)を締結した。本件土地は、更地ではなく、大起運輸の車庫及び借家に利用されていた建物(以下「既存建物」といい、本件土地と併せて「本件物件」ということがある。)があったところ、本件買受契約は本件物件全体を対象とし、大起運輸については移転等をしないままの状態で、また借家人については杉本らにおいて退去させ、既存建物を空家にして的場不動産に引き渡すことと約定された。

(2) 原告は、昭和六三年八月ないし九月ころ的場不動産による(1)の本件物件購入の話を聞き、同年九月ころ日榮不動産の社員であった長男の照正に、電話で、的場不動産が保土ヶ谷区の仏向町に五〇〇坪くらいの土地を買うが、日榮不動産でこの土地を坪単価八五万円くらいで買ってマンションを建築しないかとの話を持ちかけた。これに対し、照正は、原告を通じて、的場不動産から本件土地の案内図、公図、簡単な測量図・計画図等を入手し、本件土地の現地調査とマンション分譲の収支計算を行った上、原告の紹介で昭恵に会い、日榮不動産として本件土地の購入を検討する旨を伝えた。その際照正は、昭恵に、日照に関する近隣住民の同意、開発許可、建築確認を取った上での売買にしてほしい、必要があれば近隣住民との交渉のために信頼できる設計事務所又はゼネコンを紹介してもよい旨を述べた。

昭恵は、右申出をいったん了承したが、約一週間後、照正に、日榮不動産がそのような細かい条件を言うのであれば、日榮不動産には売却せず、そのような条件を付けない三井不動産に本件土地を売却したい旨を述べた。日榮不動産は、本件土地の購入に意欲を持っていたため前記の条件を再検討し、本件土地上の借地人等の立ち退きと境界確定を的場不動産が行うのであれば、的場不動産の利益を確保し、近隣対策、開発許可及び建築確認は日榮不動産が行う旨、また右近隣対策等を行う際には、的場不動産の名義を使わせてほしい旨を昭恵に告げた。右の的場不動産の名義の使用の申入れは、大手の企業である日榮不動産がその名前で行うと近隣対策費用がかさむので、それを防止するため、建築確認等の手続は的場不動産名義で行いたいというものであった。

(3) 昭恵は、日榮不動産の意向に従い、的場不動産が日榮不動産に本件土地を転売する方針を出したが、転売契約上の利益に加えて、約一億円の別途利益を出したいとし、転売契約のほかに日榮不動産から的場不動産に対する業務委託(業務請負)の形式を取ることを希望した。これは、転売代金には土地重課が課されるので、それを避ける目的のものであった。

日榮不動産は、これを了承し、公表の売買代金の他に業務委託(業務請負)名目で七二〇〇万円、建設を担当するゼネコンから工事紹介料として二〇〇〇万円、昭恵の長女が経営する有限会社美恵建築設計に設計料として一二八〇万円の合計一億〇四八〇万円が的場不動産側に支払われるということで、本件土地の売買(的場不動産からすれば転売。以下、「転売」ということがある。)に関する的場不動産側の意向に応じられるとの話をした。

(三) 的場不動産と日榮不動産との協定書及び本件業務請負契約の締結

(1) 本件土地の転売に関する協定の成立

(二)(1)のとおり杉本らから本件物件を購入する契約を締結した的場不動産は、原告の仲介で、昭和六三年一〇月二八日付けで、日榮不動産との間で、本件土地の転売に関し協定書(甲五)を締結した。協定書において、的場不動産は、日榮不動産に、本件土地を四億四二八六万〇七八〇円で売却すること(一、二条。坪当たり八九万四〇〇〇円とし、実測により面積の異同があったときは、清算する。)、右の売買契約は、大起運輸及び杉本ら七名所有のアパートの借家人(四世帯)の立ち退きが完了したときに締結されること(三条)、その立ち退きをさせる義務を負うのは的場不動産であること(一五条三項において、右立ち退きが完了していない場合の日榮不動産の解除権が留保されている。)等が合意された。原告は、協定書の締結に当たって立会人となり、記名・押印した。

(2) 的場不動産を請負人とする当初業務請負契約書の記載内容

また、的場不動産は、(1)と同日(昭和六三年一〇月二八日)付けで、日榮不動産との間で、業務請負契約書(以下「当初業務請負契約書」という。甲六)を作成した。右契約書には、的場不動産が日榮不動産のために次の業務を八七〇〇万円で請け負う旨が記載された(一、二条)。なお、本文の甲・乙は契約書表紙の甲・乙と逆になっている。

イ 本件建物の企画及び立案業務

ロ 本件建物建設による近隣紛争等の交渉(近隣住民に対する補償費用の負担を含む。)

ハ 本件建物の新築及び既存建物解体工事に伴う日照権、工事公害、電波障害等(竣工後の維持管理を除き、電波障害対策工事費を含む。)の近隣問題一切の解決及び費用の負担(既存建物の解体工事の費用を含む。)

ニ 大起運輸の立ち退き、移転、補償費用の交渉(補償費用の負担を含む。以下「大起運輸の移転等」という。)及び杉本ら所有のアパートの借家人(四世帯)の立ち退き交渉(補償費用の負担を含む。)

ホ その他イないしニに付随する業務

(3) 当初業務請負契約書の実質的な内容

前記(二)(2)後段のような経緯があり、当初業務請負契約書上の当事者間では、近隣対策、開発許可及び建築確認は日榮不動産が的場不動産の名義を用いて一五〇〇万円程度の費用で行う旨、日榮不動産が的場不動産には業務委託(請負)の名目で七二〇〇万円を交付する旨、また(2)ニの業務(大起運輸の移転等及び既存建物の借家人の立ち退き)は元々的場不動産の売主としての義務である旨が合意されていたものである。

そして、そのための支出原因を作り出すために、日榮不動産の照正は、的場不動産に業務を依頼する旨の当初業務請負契約を仮装したが、(2)のイないしハの項目(主に近隣対策業務)だけでは請負業務の報酬として八七〇〇万円とするのは高すぎると同社の経理担当者が指摘するので、売主としての的場不動産の元々からの義務である(2)ニの業務をも新たな請負業務と記載することとしたものである。つまり、一五〇〇万円の費用と七二〇〇万円の売買代金の加算分を作出するのが当初業務請負契約書作成の目的であり、内容であった。

言い換えれば、的場不動産は、当初業務請負契約書に(2)のような記載がされているにもかかわらず、(2)ニの業務(大起運輸の移転等及び既存建物の借家人の立ち退き)だけを行い、そのための費用の要否及び多寡にかかわらず七二〇〇万円の交付を受けること、日榮不動産は、近隣対策業務を行う義務を負担するが、当初業務請負契約書上の報酬のうちの一五〇〇万円は自己(日榮不動産)において使用することができるということが合意された。契約書表紙の甲・乙と本文の甲・乙に誤記がある粗雑な契約書となったのも、右のように所詮は仮装の契約にすぎないことが影響したと考えることができなくもない。

(4) 当初業務請負契約書上の請負人の変更

(3)の当初業務請負契約書の作成後、昭恵が税理士と相談したところ、当初業務請負契約書上の報酬が本件土地の売買代金とみなされ、土地重課の対象とされる可能性があるとの指摘を受けたことから、昭恵は、日榮不動産に対し、そのような事態を防ぐのでなければ本件土地についての売買契約を破棄する旨を告げた。

しかし、日榮不動産は、本件土地を買い受け、共同住宅を建設して分譲する事業に強い意欲を持っていたので、原告及び昭恵と協議を持ち、当初業務請負契約書の請負人の名義を原告とし、契約書を差し替えることを合意し、的場不動産からの本件土地の買受けの実現を図った。

照正は、そのような処理をすることによって父親の原告がトラブルに巻き込まれるのではないかと思い、後日原告に尋ねたが、原告は、昭恵と自分で処理するから心配するなと述べた。そこで、日榮不動産の照正は、本件土地の売買に関するりん議書を作り直して社内のりん議を取り、契約書の請負人の名義を的場不動産から原告に書き換えた契約書(乙一。日付は昭和六三年一〇月二八日のまま。本件業務請負契約書)を事後的に作成して、原告の記名・押印を受けた。

(5) 五洋建設との本件業務再請負契約

昭和六三年一〇月二八日付けで、原告と五洋建設株式会社横浜支店(以下「五洋建設」という。)を名義人とする業務請負契約書(乙三。以下「本件業務再請負契約書」という。)が作成され、契約当事者による記名・押印がされた。右契約書には、五洋建設は、原告のために、前記(2)のイないしホのうち、ニを除く業務(主に近隣対策業務)を請け負う(再請負する)旨が記載されている(一、二条)。

この契約書も記載内容と実質の合意内容に食い違いがあった。すなわち、原告は、元々本件業務請負契約書上の業務をするものではなく、名義を貸しただけであった。原告が本件業務再請負契約書の注文主と記載されたのは、本件業務請負契約書において、原告が名義上請負人とされることを了承したから、その延長上の形式的なつじつま合わせをしたものであった。本件業務再請負契約書における実質の注文主は日榮不動産(ただし、業務は的場不動産名義で行う。)であり、その業務は(2)のニ以外のもの(近隣対策業務)であり、再請負人は本件建物(共同住宅)の施工者となる予定の五洋建設であり、双方とも早期建設の実現の点において、利害が一致したものであった。前記のとおり、(2)のニの業務(大起運輸の移転等及び既存建物の借家人の立ち退き)は、本来的場不動産の義務であり、本件業務請負契約書作成時の当事者の意思としても日榮不動産がこれを担当することにはなっていないので、本件業務再請負契約書では形式的にもその対象外とされた。

(四) 近隣対策業務の実施

(1) 日榮不動産の担当者であった照正は、的場不動産の営業部長の肩書で本件土地の近隣対策業務を行った。また五洋建設の担当者である中島哲郎、島村及び入来院も、本件業務再請負契約書に基づき、近隣対策業務を行った。

(2) 平成元年四月、的場不動産を事業主(担当は「浅井」とされている。)とする「ご挨拶」と題する文書(甲八)が本件土地の近隣者に配付された。

(3) 協定書の締結

近隣住民は、平成元年一〇月一七日、的場不動産及び五洋建設との間で、「工事協定書」(甲九)を締結した。

(4) 平成二年六月二五日、斉藤忠勇あて念書及び近隣各位あて念書(甲一一、一二)が、的場不動産及び五洋建設の名義で作成された。

(五) 本件土地上の権利者対策業務の実施

(三)(3)及び(4)のとおり大起運輸の移転等の問題は、当事者の真意では本件業務請負契約書の対象外の事務であるが、便宜その処理状況を見ると、本件土地及び既存建物の売主としてこの業務を負っていた的場不動産の昭恵は、駐車場の新たな貸主についての情報を原告から得て、原告と協力して大起運輸に代替駐車場をあっせんし、平成元年二月までには大起運輸の移転等の問題を解決した。

また、本件土地上の建物(既存建物)の借家人の明渡しの問題は、杉本らと的場不動産との売買(本件買受契約)を仲介した小川ハウジングの努力などにより解決した。

(六) 本件物件の転売の実現等

(1) 本件物件の転売契約の締結

(二)から(五)までの近隣対策業務及び大起運輸の移転等を踏まえ、的場不動産は、平成元年三月一七日、日榮不動産に本件土地及び既存建物を代金四億四六四六万一一四〇円で売却(転売)する旨の売買契約(以下「本件転売契約」という。甲七)を締結した。(三)(1)のとおり、坪単価は八九万四〇〇〇円とされたが、合分筆の影響(甲二一)で一六五〇平方メートル(四九九・三九坪)とされたため、右のように代金が定められた。

(2) 的場不動産は、平成元年一一月二七日、昭和六三年分の確定申告をしたが、その中で、本件土地の売買による利益について、重課対象となる旨の申告(乙三〇の一)をした。

(3) 原告は、遅くとも平成二年四月又は五月ころ、昭恵との同居を解消し、その後、昭恵は、(一)の横浜市神奈川区片倉町四〇八番地の自宅兼事務所を、同区上反町二丁目一六番地の七に移転した。

(4) 的場不動産は平成二年七月三日建築主として建築確認申請を行い、横浜市長は同月六日的場不動産に対し事前手続結果通知を行い、建築主事は同年九月一四日本件建物の建築確認を行った。また同月一八日、本件建物の建築主が的場不動産から日榮不動産に変更された旨の名義変更届が提出された。

以上のとおり認められる。

2  契約の実質的な当事者と内容

そうすると、本件業務請負契約は、契約当事者の点及び契約内容の両方の点で、実体と異なるものというべきである。すなわち、そもそも、日榮不動産は、自ら近隣対策業務を行うのであり、的場不動産にも原告にもこれを依頼する意思はない。的場不動産も原告もこれを行う意思はないし、行ってもいない。また、大起運輸の移転等及び既存建物の借家人の立ち退きの問題は的場不動産の元々の義務であって本件業務請負契約の対象外である。したがって、本件業務請負契約は、そもそも関係者間にその契約書記載内容どおりの契約を締結する意思すらもないものというべきである。

次に、これらの仮装の真意がどこにあるかというと、的場不動産にその希望する七二〇〇万円の実質的な増額代金をそれと分からないように交付することが目的であり、それを実現しようとするために本件業務請負契約を仮装する旨の三者間の合意(以下「本件追加金合意」ということがある。)がされた。そして、日榮不動産が的場不動産に仮装の業務を注文して七二〇〇万円を交付するというだけの契約(当初業務請負契約)では、仮装が判明しやすく、仮装でなくてもこの七二〇〇万円が本件転売契約の代金の一部と扱われ、土地重課の対象となるおそれがあったので、それを避ける趣旨から原告に名義上の請負人となってもらい、併せて本件土地を購入し共同住宅を建築して利益を上げることにつき強い意欲を持っていた日榮不動産と本件建物(共同住宅)の建築施工者となる予定の五洋建設とが近隣対策費用として要する一五〇〇万円を原告名義を通して使用することとなったものと思われる。原告が名義を貸したのは、本件土地の売買契約(本件転売契約)を成立させることにより仲介手数料を取得することができたからである。

なお、本件業務請負契約のような仮装の契約は、実情を知らない第三者との関係では、本来は外部的に表示されたとおりの私法上の効力が生じることになるところ、国税当局との関係では、外部に表示された内容よりも、実質的な財貨の移転が問題となるので、むしろ、実質関係に従って検討する必要が出てくる。

3  被告の主張に対する判断

(一) 被告は、的場不動産が本件業務請負契約の当事者ではないし、名義を原告から借りた事実はないと主張する。

しかし、証拠(甲二三)によれば、日榮不動産の住宅事業本部の業務部課長であった星清司は、税務当局の調査に対し、「(本件土地の売買等の取引についてのりん議書は)土地重課の関係で、それらを破棄している可能性がある。」「捜してみたいと思いますので少し時間をいただきたい。」と述べており、日榮不動産が的場不動産の土地重課の回避行為に関与していたことを示唆している。日榮不動産の社員が、理由なくこのような供述をするとは考えにくく、右供述はそれなりに信用することができる(なお、当裁判所によるりん議書の送付嘱託について、日榮不動産は理由を示すことなくその提出を拒絶している。)。

さらに、的場不動産は、杉本らから本件土地及び既存建物(本件物件)を購入する本件買受契約の締結の際、借地人の大起運輸の移転等は的場不動産において、借家人の退去は杉本らの責任において行うと約定していた(甲二二の契約条項)ところ、的場不動産が本件物件を購入後にこれを日榮不動産に売却するための協定書を作成したころ(昭和六三年一〇月ころ)には、借家人の問題は片づいていたが、大起運輸の移転等の問題は解決してはいなかった。そして、日榮不動産は本件物件を購入後に共同住宅を建築する計画を有していたから、近隣住民対策を講じる必要があった。そうすると、本件物件が的場不動産から日榮不動産に売却される際には、当然のことながらこの大起運輸の移転等と近隣対策とが、懸案問題となることが予想される。ところが、的場不動産から日榮不動産に対する本件物件の売買契約(本件転売契約。甲七)においては、この大起運輸の移転等の問題と近隣対策の問題とは全く契約条項とされていなかった。他方で、この二つの問題が本件業務請負契約書において定められているのである。したがって、ここでの売主である的場不動産が本件追加金合意及びそれを実現するために本件業務請負契約を仮装したことを知らなかったということは考えられないのであり、的場不動産の知らないところで日榮不動産と原告との間で仮装の本件業務請負契約書(乙一)が成立したと考えることは困難である。

なお、本件業務請負契約は前述のとおり仮装のものであるから、的場不動産が右契約の実質的な当事者ではないということはできるが、右仮装の契約書が作成されたのは、正に的場不動産に七二〇〇万円の公表されない売買代金を上乗せするための合意(本件追加金合意)に基づくものであったのである。したがって、被告の冒頭の主張は右に反する限度では採用することができない。

(二) また、被告は、的場不動産が本件土地の売買による利益を土地重課の対象として申告していたとし、土地重課回避目的の名義貸しであるとの原告の主張が採用できない旨主張する。これに対し、原告は、的場不動産の税務申告の内容についての右主張は、時機に後れた攻撃防御方法であるとして却下を申し立てるが、被告の右主張は税務申告の内容という争いの生じる余地のない客観的な事実についてのものにすぎず、さらに新たな証拠調べを要するものでもないから、原告の右申立ては理由がなく、これを却下する。

そこで、冒頭の論点を検討するに、的場不動産が本件土地の売買による利益を土地重課の対象として申告していたとしても、本件業務請負契約を原告名義で締結し、その分の利益を圧縮することができれば、的場不動産は課税関係上有利となるから、必ずしも右の指摘が原告の主張を排斥する上で決定的なものとなるわけではない。

(三) 次に、昭恵は、日榮不動産と的場不動産との間の当初業務請負契約書(甲六)に記憶はないと証言する。

しかし、請負人を的場不動産から原告に差し替えることにより本件業務請負契約書(乙一)が作成されたということは、的場不動産の土地重課の回避行為につながる事実であり、これを肯定する証言を昭恵に期待することは困難な面もある。また、原告の主張の内容からすれば、昭恵は、的場不動産が脱税をしたと言われているのであるから、それを否定するために本訴に強い関心を持っているはずであり、しかも事前に本件について税務当局の調査を受けているのであるから、自分なりに当時の状況についての記憶の喚起を図っていると思われるにもかかわらず、その証言の内容はあいまいであり信用できない。本件物件の転売価格が相当に高額であり、昭恵の記憶や、少なくとも的場不動産の社内的な記録には残っていて当然であること、昭恵は不動産仲介業務を営んでおり、各種の書面の持つ意味については十分な知識を有していると推測されることも考慮すれば、その証言が信用できないことは一層明らかである。

(四) 被告は、原告が本件土地をめぐる一連の取引に深く関与し、日榮不動産が本件土地に関する取引を実現できたのは、原告の働きによることが明らかである旨を主張する。

確かに、買手としての日榮不動産を的場不動産に紹介したのは原告であり、本件業務請負契約の名義人となる等、原告の本件転売契約成立にとっての貢献度は少なくない。しかし、日榮不動産を紹介したとの指摘については、仲介人としての業務であるにとどまり、原告は本件転売契約について仲介手数料は取得している(原告本人)のであるから、これをもって原告が本件業務請負契約の実質的当事者ということはできない。また、原告が名義人となったとの指摘については、名義を貸しただけのことであるから、それだけで当然に実質の契約当事者となるものではない。

(五) また、被告は、「原告が、本件の取引の中で作成された本件業務請負契約書、右契約に係る報酬の請求書、報酬の変更に係る覚書等に自ら記名・押印したこと、これらを所持・保管していることを認めている。」旨を指摘する。

しかし、右の点は、名義貸しをした当事者としてあながち不合理ともいえない上、照正の配慮で不正をしたと疑われないよう請求書や覚書等を所持・保管していたにすぎないと解することもできる。

(六) さらに、被告は、「原告は、本件報酬の一部である二五〇万円を自らの事業所得に関する収入金額として申告し、預り金としていなかった。」旨を指摘する。

しかし、そのように処理したきっかけは、清算金の請求を原告名義で行ったら、その入金が本件口座ではなく原告の本来の口座にされたというものである(乙一七、一九、原告本人)。金額と本件転売契約における原告の役割とに照らすと、名義貸しをしたことに対する報酬と原告が勝手に解釈して取得したものと思われる。いずれにしろ、このことと他の事情とを総合しても、本件業務請負契約の実質的当事者が原告であるということはできない。

二  本件報酬の帰属(争点2)

次に、一における契約関係についての判断を検証する意味でも、また本件請求の当否に直接的に影響する論点を解明する見地からも、本件報酬の金員の流れ及びその帰属を具体的な支出経緯を通じて検討する。

1  本件報酬の支払の経緯

前記認定事実、証拠(甲一、六、一〇、一八、一九、二三ないし二五、乙一ないし三、八、九、一五ないし一七、一九、二五、二六、二八、二九、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる(一部争いのない事実を含む。)。

(一) 本件口座の設定

昭恵は、平成元年二月一五日、三井銀行東神奈川支店に、「浅井商会代表者 浅井輝雄」名義で普通預金口座(本件口座)を開設した。その際に作成された「印鑑・署名鑑」(甲一八)に押印された浅井商会のゴム印は、昭恵が原告の住所を「横浜市神奈川区西神奈川2-1-2」とすべきところ、誤って「(同区)西神奈川2-12」と作成したものであった。右「印鑑・署名鑑」に押捺された印鑑は、「浅井商会」の文字が周囲の円周上に配置された正式の社印のように見えるものであるが、本件業務請負契約書、本件業務再請負契約書及び当初業務請負契約書等、原告が自ら押捺を認めている印鑑とは印影が異なっている。その後も昭恵は、平成二年一月一九日、五洋建設に一〇万八〇〇〇円を三井銀行東神奈川支店から振り込む際、その振込金受取書(乙二五。なお、年の記載に誤記がある。)の依頼人欄に、原告の住所を同様に誤って手書きで記載した。

本件口座の開設について、原告は事前に話を聞いていたわけではないが、平成元年三月二日に、払い出しに昭恵と共に三井銀行東神奈川支店に赴いた際に初めて、昭恵から本件口座を開設していたことの説明を受けた。本件口座の名義は原告であるが、名義貸しをした関係から原告名義の口座が必要なことは理解できるし、利益の帰属主体が本来的には的場不動産であるので、原告としても特に本件口座の無断開設をとがめるではなく、それを知った後においても格別の措置は講じなかった。

(二) 大起運輸の移転等のあっせんと費用

標記の点は、本件業務請負契約書作成時の当事者の意思としては、本件報酬の対象とはならないものであるが、本件口座を通じてされた金員の出入りに関係する事項である。一1(三)(3)のとおり、的場不動産は大起運輸の移転先をあっせんしなければならなかったところ、原告が大起運輸の移転先として保土ヶ谷区峰沢町三〇六番地八、九及び一四所在の六六〇平方メートルの物件をあっせんし、その地主(株式会社ショーワプロジェクト)を紹介した。ところが、右地主は、大起運輸に直接貸すことには反対であり、五洋建設なら貸してもよく、かつ土地全部を借りてもらいたい旨の条件を出してきた。そこで、五洋建設が一か月当たり三〇万円で右土地全部を借り受け、大起運輸が月一〇万円の賃料を的場不動産に支払い、的場不動産が月三〇万円の二年分と敷金六〇万円との合計額七八〇万円を五洋建設に支払うこととなった。差額の月二〇万円分は的場不動産が負担することとなった。

大起運輸に対しては、その代表取締役であった佐藤重治に、原告名義の本件口座に代替駐車場の賃料として月一〇万円を振り込むように指示がされた。

(三) 近隣対策費用

(1) 日榮不動産の照正は、的場不動産名義で五洋建設と共に近隣住民の日照権補償等の近隣対策業務を担当していたところ、近隣対策費用としては、当初一五〇〇万円が予定された。ところが、一名を除く近隣住民に対しては、合計九三〇万円の費用で解決がついた。

(2) 照正は、平成二年六月一五日、近隣住民の残る一名である小島光男(以下「小島」という。)との間で、同人の代替物件取得に要する費用を支払う旨を合意したが、本件業務請負契約書及び本件業務再請負契約書においては、そのような支出を予定していなかった。

そこで、照正は、原告名義で、同年七月一七日付けで、日榮不動産との間で覚書(乙二)を作成し、そこにおいて、イ 日榮不動産から原告名義あてに支払われる報酬・費用額は、小島に支払うこととなる金額を加算し、合計一億〇三八七万円とすること、ロ 原告は、右加算額に相当する一六八七万円を的場不動産名義あてで日榮不動産に交付すること、ハ 右加算額は、日榮不動産が的場不動産名義で小島に対し支払う金員であること、以上を確認する旨が合意された。右の一六八七万円の計算内訳は、〈1〉小島が代替物件を取得するのに必要な金額から小島の従前の建物の売却価格を差し引いた金額一六二〇万円及び〈2〉代替物件取得と従前物件売却に伴う諸経費五三七万円を加算し、これから〈3〉五洋建設が原告名義のあて先に返還した一五〇万円及び〈4〉五洋建設が小島の代替物件の取得のために立て替えた三二〇万円を控除したものである。もっとも、右の一五〇万円は、後記(七)の二五〇万円とするのが正しかったと考えられる。

以上の点は、実質的には、一2末尾のとおり、日榮不動産及び五洋建設が一六八七万円を近隣対策費用として使えるようにすることであるが、支払人である日榮不動産からすると、契約書上の相手先は名義貸しをした原告であるから、書類上はいったんは原告との間で原告に支払う旨の約定をする必要があったためである。次いで、そのようにして形式上日榮不動産から報酬を受領する原告は、追加の近隣対策費用としてこれを日榮不動産に交付し、日榮不動産がこれを的場不動産名義で近隣住民に支払うこととされた。

(四) 本件口座への入金

(1) 日榮不動産は、平成元年二月二八日に二五〇〇万円を、同年三月一七日に一五〇〇万円を、平成二年七月四日に二〇〇〇万円を、同年九月一九日に二七〇〇万円を本件口座に振り込んだ。

この合計金額は八七〇〇万円であり、本件業務請負契約書において約定されたものである。このうち、一五〇〇万円が日榮不動産において、五洋建設と共に近隣対策業務に使われる予定の費用とされ、残る七二〇〇万円は、的場不動産が取得することを予定されたものである。

(2) 日榮不動産は、平成二年七月二〇日、(三)(2)の覚書に基づき、小島が代替物件を取得するのに当座必要な金員として三四〇三万三七八〇円を、本件口座に振り込んだ。

(五) 本件口座からの支払

(1) 本件口座からは、平成元年三月二日に七八〇万〇八〇〇円が支出されており、これは、(二)の五洋建設への大起運輸関連の立替費用の送金と考えられる(端数の八〇〇円は振込手数料である。)。

なお、本件口座には平成元年二月から平成三年一月まで毎月一〇万円の送金が大起運輸からされているが、これは、(二)の代替駐車場の賃料であると考えられる。

(2) また、本件口座から平成元年三月二日に一五〇〇万円が払い出され五洋建設に振込送金されているが(乙八、一五)、これは、本件業務再請負契約書に従い当初から予定された近隣対策費用一五〇〇万円の送金であると解される。なお、このときに作成された振込金受取書には、原告の住所が正確に記載されている。

(3) さらに、本件口座から、平成二年七月二三日から同月二五日にかけて、三〇二〇万円、一九八万三七八〇円、五〇万円、一三五万円の合計三四〇三万三七八〇円が、払い出されているが、これは、(四)(2)の小島の代替物件購入のために使われたと考えられる。

(六) 本件口座の帰属

(二)から(五)のとおり、本件口座は、日榮不動産から原告名義あてに費用と報酬とを送金する際の支払先として利用され、次いで、原告名義で日榮不動産に近隣対策費用を送金する際に利用された。また、本件口座に送金されながら、本件口座から近隣対策費用としては支出されなかった金員としては、的場不動産取得分の七二〇〇万円と大起運輸の移転等対策費とがある。このように本件口座の入出金のうち、七二〇〇万円と大起運輸の移転等対策費とは的場不動産に関係があるのに対し、右金員及び近隣対策業務のための入出金とも、原告にとっては実質的に無関係である。原告は、せいぜい近隣対策費用の送金のための窓口となったという以外には本件口座と関連性がない。

そして、本件口座は昭恵によって開設され、本件口座の通帳及び届出印は昭恵が保管している(原告が、平成元年六月六日、本件口座の通帳のコピーを的場不動産からファックスで受領しているという事実もある。)。

したがって、本件口座は的場不動産に帰属するものであって、名義人である原告に帰属するものではない。原告は、本件業務請負契約書の名義上の請負人となったことに伴う本件口座の名義人にすぎない。

(七) 変更契約の締結及び精算

(1) 原告は、平成二年七月二三日付けで、五洋建設との間で、本件業務再請負契約書に係る報酬を、当初の一五〇〇万円から九三〇万円に減額する旨の「業務請負契約書(変更)」(乙一六)を締結した。これも、原告が名義人となったことによる形式的なつじつま合わせであり、実質的には、日榮不動産と五洋建設との近隣対策費用が小島関係を除いて少なくなかったことの精算を書類上明らかにした意味を持つにすぎない。

(2) (1)のとおり本件業務再請負契約書に係る報酬・費用として五洋建設に支払われる額が五七〇万円減額されることとなった。また、五洋建設は、平成二年六月一二日に小島の代替物件の費用として本件口座へ三二〇万円を振り込んだ。

そこで、原告名義をもって、平成二年七月二〇日付けで、五洋建設に対し、照正及び五洋建設の担当者らが行った近隣対策業務に係る費用の精算結果に基づき、二五〇万円の返還請求がされた(乙一七)。五洋建設は、同月二三日、右請求を受けて、二五〇万円を、本件口座ではなく、北陸銀行東神奈川支店の原告名義の口座(原告固有の公表の取引口座)に振り込んだ(乙一九)。

なお、原告は、平成三年三月一一日、五洋建設から返還された二五〇万円を、自己の事業所得の収入金額に算入して確定申告書を作成し、被告に提出した。

2  本件口座に入金された金員の帰属者

一の認定事実及び判断並びに二1の事実から明らかなとおり、原告は、昭恵に七二〇〇万円の売買代金の加算分を税務当局に知られないように交付することができるようにするための手段として、仮装の内容の本件業務請負契約書及び本件業務再請負契約書上の名義人となった(本件追加金合意)。そして、日榮不動産から本件業務請負契約書を形式上の原因として本件口座に振り込まれた金員の使途を見ると、〈1〉直ちに払い戻されて近隣対策費用として使われたもの、〈2〉本件口座に入ったまま、その帰属者のために使われたとしか考えられないもの、〈3〉大起運輸の移転等のために出入りのあったものとに区分される。そのうち、〈1〉は、日榮不動産から送金され、五洋建設に送金されたものであり、〈2〉は、的場不動産に帰属するものであり、〈3〉は、的場不動産に属する負担(七八〇万円の五洋建設への送金)と入金(月一〇万円の大起運輸からの入金)となる。結局、本件口座に入金されたものは、的場不動産に帰属すべきものか、日榮不動産の経費入出の便宜に使われたかのいずれかである。

なお、本件口座は、1(六)のとおり的場不動産の単独に帰属するものであり、的場不動産と原告との共同に帰属するものと認められるような事情もない。また、いったん的場不動産の管理下に置かれた振込金が後に原告に交付されたといった事実をうかがわせる証拠もない。

以上のとおり認められる。

3  被告の主張等に対する判断

(一) 昭恵は、本件口座の開設については全く知らない旨を供述する。ということは、本件口座が原告において開設されたということであろう。そうなると、原告が本件口座の開設のために自身の住所を故意に間違えた住所印及び通常と異なる社印をわざわざ作成したことになるが、それには合理的な理由が見当たらない。

また、昭恵は、本件口座の開設について全く知らないだけでなく、本件業務請負契約書についても知らず、照正に依頼されて、的場不動産名義の書類に押印したことがあるだけであると述べる。しかし、不動産業を営み、四億円以上の取引をするような的場不動産がわけもなくいわれるままに的場不動産名義の文書に記名押印するとは考えられない。したがって、このような点からも、本件口座の開設を知らないという昭恵の供述は信用できない。

同じく、昭恵が本件物件を日榮不動産に売却する際に大起運輸の移転等及び近隣住民の同意が大きな問題となっていたところ、この点に触れずに本件転売契約をしたとは考えられないのであり、その問題を扱った本件業務請負契約書は本件追加金合意に基づく仮装の書類として的場不動産の関与するものと考えるのが相当であり、このような観点からしても、本件口座が昭恵の知らないものということはできない。

(二) 証拠(乙二八)中には、大起運輸の代表取締役であった佐藤重治が、原告名義の本件口座に代替駐車場の賃料として月一〇万円を振り込むよう原告から指示をされたと供述する部分がある。しかし、右佐藤は、原告と昭恵の両名と同時に立ち退きの交渉をしていたというのであるから、右の証拠により、原告だけが知っている本件口座を右佐藤に示して送金を指示したとまで断定するのはいささか不確かな点がある。むしろ、右佐藤は両名から指示され、具体的な口座番号は昭恵が説明したということもあり得ると解するのが合理的である。

(三) また、原告名義の各種請求書、とりわけ日榮不動産に対する本件業務請負契約の報酬等の請求書(乙四ないし七、一二ないし一四)が作成され、記名押印がされている。

しかし、照正は、この点につき、父親である原告との間で不正をしていないことを説明できるようにするため、平成二年九月一九日前後にこれらの書類を原告に渡し、記名押印してもらったと証言し、右証言は、前記事実認定及び判断に照らして見ると、あながち不合理とまではいえない。

したがって、右請求書等をもって、原告に本件報酬が帰属したということは相当でない。

(四) さらに、被告は、原告が平成元年六月六日に本件口座の通帳のコピーを的場不動産からファックス(甲二五)で送付された点について、両名がまだ同居していた時期に送付されたものであり不自然である旨を主張する。

しかし、この時期に原告と昭恵とが同居していたかどうかについては、両名の供述に食い違いがあり、疑問がないではない上、原告と昭恵は同居していた時期においても、別の場所に不動産業のためのそれぞれの事務所を持っていたものである。しかも、原告は、右ファックスの送付を受けたのは、原告の顧問の関根税理士に相談していた際、右関根から通帳の写しを求められたことによる旨供述しているところであり、右供述も、あながち不合理とまではいえない。

したがって、冒頭の被告の主張は、採用することができない。

4  本件報酬の帰属者

一及び二1、2の事実によれば、本件報酬一億〇三八七万円のうち、七二〇〇万円は本件転売契約の加算分として的場不動産に送金され、的場不動産が取得したものと認められる。なお、的場不動産は、当初五洋建設に七八〇万円を送金したのに、大起運輸から二年間にわたって二四〇万円(月一〇万円)及び株式会社ショーワプロジェクトから平成三年二月五日に五五万円(乙八)の計二九五万円しか回収していないが、大起運輸の移転等は、元々的場不動産の義務であるから、この不足分は七二〇〇万円や本件報酬とは別に考えなければならない。そして、本件報酬から七二〇〇万円を差し引いた金員は三一八七万円であるが、これは、日榮不動産と五洋建設が近隣対策業務に使用したもので、誰かに帰属するという区分に馴染まない性質のものである。

そうすると、いずれにしても本件報酬一億〇三八七万円の全額が原告には帰属していないというべきである。

三  本件各処分の適否

そうすると、本件業務請負契約に係る報酬(本件報酬)が原告に帰属するとしてこれを修正申告額に加算した被告の本件更正処分及び本件重加決定は、修正申告額を超える所得のないところに課税をした違法があるといわなければならない。

なお、原告は、的場不動産の租税回避に加担したのであるから、本件報酬が原告に帰属したと認定され本件処分を受けたとしても、いわば自業自得であり、本件各処分を取り消すのは公平に反するのではないかとの疑問もあり得る。しかし、所得税法一二条は、「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律を適用する。」と規定し、いわゆる実質所得者課税の原則を定めている。したがって、原告が的場不動産の租税回避に協力した者として、別途何らかの責任を負うかどうかは別として、少なくとも、そのことが本件各処分を適法とすべき理由にはならない。

四  結論

以上の次第であるから、本件更正処分のうち原告の修正申告における額を超える部分及び本件重加決定の各取消しを求める原告の請求は、いずれも理由があるからこれらを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 裁判官 弘中聡浩)

(別紙1)物件目録

(一) (本件土地)

1 所在 横浜市保土ヶ谷区仏向町字行坐谷

2 地番 一七二七番二

3 地目 雑種地(昭和六三年一〇月二八日当時の登記簿上)

4 地積 一六七二平方メートル(昭和六三年一〇月二八日当時の登記簿上)

(二) (本件建物)

1 所在 本件土地

2 構造 鉄筋コンクリート造五階建

3 用途 共同住宅

4 建築延面積 二四三三・六三平方メートル

5 戸数 住居三四戸

(別紙2)本件報酬及び諸費用の内訳

被告が主張する原告の平成二年分の総所得金額は、次表のとおりである。

〈省略〉

(△は損失額を示す。以下同じ。)

一 総所得金額 七六〇一万一二二九円

右金額は、次の二及び三の合計額である。

二 事業所得の金額 七六一七万五四六七円

右金額は、次の1から2ないし4を差し引いた金額である。

1 総収入金額 一億六七六二万二八八〇円

右金額は、次の(一)に(二)を加算し、(三)を減算した金額である。

(一) 原告の修正申告に係る収入金額 六六二五万二八八〇円

右金額は、平成六年一月二四日付けで原告がした平成二年分の所得税の修正申告に係る事業所得の総収入金額と同額である。

(二) 本件報酬の額 一億〇三八七万円

右金額は、原告と日榮不動産との間で締結した本件業務請負契約書及び右契約に係る報酬を一億〇三八七万円に増額する旨の覚書に基づき、平成元年二月二八日から平成二年九月一九日にかけて、原告が日榮不動産から受領した報酬の額である。

(三) 五洋建設からの返戻金 二五〇万円

原告と五洋建設との間の本件業務再請負契約書に係る支払報酬額の減額に伴い、原告が平成二年七月二三日付けで五洋建設から返戻を受けた額であり、原告は、右金額を右(一)の収入金額として計上し申告していた。しかし、右金額は返戻金(必要経費の減算)であり、収入金額に該当しない。

2 必要経費の額 八九〇二万七四一三円

右金額は、次の(一)に(二)を加算した金額である。

(一) 原告の修正申告に係る必要経費の額 五七二二万九一八九円

右金額は、平成六年一月二四日付けで原告がした平成二年分の所得税の修正申告に係る事業所得の必要経費の額と同額である。

(二) 必要経費加算 三一七九万八二二四円

右金額は、次の(1)ないし(6)の合計額であり、いずれも本件業務請負契約書に基づき原告が支出した必要経費の額であるが、原告はこれらの金額を平成二年分の確定申告の際に必要経費として計上していなかったので、必要経費として認容した。

(1) 駐車場整備費 一二万五〇〇〇円

右金額は、本件土地の一部を駐車場として使用していた大起運輸のために原告が手当てした株式会社ショーワプロジェクトの所有する横浜市保土ヶ谷区峰沢町三〇六番地八、九及び一四の六六〇平方メートルの土地の整備費用であり、平成元年二月二三日、施工業者である星秀夫に支払った額である。

(2) 近隣対策業務費 九三〇万円

右金額は、本件業務再請負契約書に基づき、五洋建設に支払った報酬額である。

(3) 弁護士費用 五〇万円

右金額は、大起運輸の本件土地からの立ち退きに関して、弁護士佐藤克洋に対して支払った弁護士費用である。

(4) 立退料 三〇万円

右金額は、大起運輸が本件土地から立ち退くに際して支払った立退料である。

(5) 補償金等 二一五七万円

右金額は、本件土地の近隣対策として、本件土地の近隣に居住していた小島光男に支払った補償金等の合計額である。

(6) その他の費用 三二二四円

右金額は、原告が業務を遂行するために、関係者に振込送金をした際の振込手数料であり、その内訳は次のとおりである。

イ 平成二年一月一九日、五洋建設に一〇万八〇〇〇円を振り込んだ際の振込手数料 八二四円

ロ 平成元年三月二日、的場不動産に七八〇万円を振り込んだ際の振込手数料 八〇〇円

ハ 平成元年三月二日、五洋建設に一五〇〇万円を振り込んだ際の手数料 八〇〇円

ニ 平成元年三月二日、佐藤克洋に五〇万円を振り込んだ際の振込手数料 八〇〇円

3 専従者給与額 二三二万円

右金額は、原告がその妻である浅井貞子に支払った専従者給与の額である。

4 青色申告控除額 一〇万円

三 短期譲渡所得の金額 △一六万四二三八円

右金額は、原告が平成六年一月二四日付けで被告に提出した平成二年分の所得税の修正申告書に記載された金額と同額である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例